高齢者安全学

高齢者安全学(1)
高齢者が安心して暮らすには
-各種社会保障制度の諸問題を考える-

担当 中村紀雄

現在、日本の社会は皆様もご承知のように少子高齢化が急速に進んでいます。特に、高齢化は世界に類例を見ない速度で事態が進行していて、かつて 世界中のどの国も経験したことのない世代構成の社会が実現しようとしています。これに対し、国は年金制度、医療保険制度、介護保険制度などの社会保障制度 を改正し、できるだけ高齢者が安心して暮らせるよう福祉の充実を図り、また諸制度の充実も併せて行っています。
しかし一方、これを嘲笑するかのように高齢者を食い物にした「振り込め詐欺」や悪質な住宅改造業者等の社会事象が頻発し、高齢者の生活の安全を 脅かしています。特に独居の高齢者の方や認知症の高齢者の方などは、生活していくことさえやっとの状況の中、このような悪質な輩にあってはひとたまりもあ りません。
安心して暮らすための法律上の諸制度は確かに整ってきていますが、内容的には厳しいものとなってきており、金銭的負担が増大して高齢者の生活に 重くのしかかっています。この講座においてはこれらの制度が内包する諸問題を考え、今後の進むべき道を模索してみたいと思っています。また、それにとどま らず、現実に起きている「振り込め」詐欺や悪質な住宅改造業者等の社会事象に対しての防衛策、またその法的責任と賠償のあり方をめぐって話題を提供したい と考えています。
高齢者が安心して暮らすためには、非常に多元的な視点が必要です。今回は社会的な側面から捉えていますが、他にも身体的な側面からのアプローチ も必要です。高齢者は転倒骨折等の事故、ガン・高血圧・糖尿病・様々の感染症等の疾病、さらにその後のリハビリのあり方などにより安心して暮らすというこ とが大きく左右されます。反面、これらの問題は、前述した社会的側面から見たときの諸問題と密接に関連しています。今後は高齢者の安全については一方から の視点ではなく複眼的に総合的な問題提起と解決が求められているのではないでしょうか。

高齢者安全学(2)
高齢者の転倒とその予防

担当 安倍浩之

本邦は、強烈なスピードで超高齢社会を迎えようとしている。本邦が豊かな社会で有るためには、高齢者の介護予防は最重要課題である。要介護状態 になる原因として、転倒による骨折は大きなウェートを占めている。骨折は、手術や入院などに費やされる多額の医療費がかかり、その後の介護療養費や介護負 担が相当厳しくのしかかってくる。その為に、転倒予防対策がクローズアップされてきている。
これまでに筋トレーニングやバランストレーニングなどの運動と転倒予防効果に関する先行研究が報告されている。筆者は、医療機関において骨折後 のリハビリテーションや地域活動の中で、転倒予防に取り組んできた。これまでの臨床経験において、筋トレーニングなどの運動の効果は少なからず認められる が、限界を感じているのも事実であった。
Hylton B.menz et alの研究報告(2006)「Foot and Ankle Risk Factors for Falls in Older People:A Prospective Study」において、高齢者の転倒予防にはリスクファクターである足のアライメント異常を是正することが重要であると論じている。筆者も同様の考え方に 立ち、足の研究者でもある理学療法士ヨウニ・ハイパライネンが起業したFinsole社(フィンランド)と業務提携し、インソールによって転倒予防の効果 を向上させる取り組みをしている。
筆者は、理学療法士の立場から、高齢者の転倒とその予防に関する情報を提供したい。

講演可能な内容一覧

1.高齢者の転倒とその予防
2.寝たきり予防と運動
3.糖尿病と運動の効果
4.肥満予防と運動
5.地域リハビリテーションの考え方
6.地域リハビリテーションにおけるディサービスの位置づけ
7.各種疾病と理学療法
8.ボディリメイクと運動 等、
リハビリテーション、理学療法、運動、高齢者などに関わる講演可能

高齢者安全学(3)
頸部骨折について

担当 月僧博和、横井隆明

現在、日本は超高齢化社会に移行しつつあり、2015年には65歳以上の老人人口が3000万人を超えることが予測される。社会の高齢化で最も 懸念される問題の1つに大腿骨頸部骨折がある。この頸部骨折は、医療費の面からも大きな問題となることが予想される。最近の調査 (J.Orthopaedic Science. Vol.9, 2004)によると、我が国では年間9万人が頸部骨折し、1人当たりの入院日数が50日、医療費が140万円で日本全体では年間医療費1300億円になる という。また高齢者の頸部骨折は寝たきり原因の第2位でもある。
我々としては、この問題を真正面から捉え、頸部骨折のバイオメカニクス(生体力学)についてわかりやすく市民に講義しその予防方法について最新の知見を伝えることが、高齢者を頸部骨折から守ることや医療費の削減につながると考える。以下、講義の具体的内容を述べる。
まず、レントゲン写真や図等を使って、大腿骨頸部のどのあたりが折れやすいかを説明する。その後、頸部骨折の男女比や発生しやすくなる年齢、ま た骨粗鬆症との関係について説明する。より理解を深めるため、骨のリモデリング方程式を使っての骨粗鬆症のコンピュータシミュレーション結果を示し、骨粗 鬆症の進展が頸部骨折につながることを説明する。また、CTを使って皮質骨断面積を計測することで、その値から頸部骨折の確率論的予測が可能になることを 示す。続いて頸部骨折のリスクが高い人の治療として即効性が期待できるものに投薬があることをいい、その確率論的効果判定にCTが使えることを説明する。
これらに加えて、これまでのバイオメカニクス研究から得られた知見の1つである骨とストレス(荷重力など)の関係にもふれる。例えば、変形性股 関節症における骨嚢包の発生、人工股関節置換術における骨吸収、また小重力下での骨リモデリングなどを例として、骨とストレスの関係をわかりやすく説明 し、骨には適度なストレスが作用している必要があり、そのストレスは大きくても小さくても骨は形態を維持出来ないことを示す。そして、我々人間の骨格が地 球上の重力で最適化されていることを理解してもらう。